専業主婦が格上・働く女性が格下

1986年、俗にいう男女雇用機会均等法が施行されました。その年、愚生、某上場企業の係長職に最年少で就き(自慢しております)、部下を迎える立場にありました。それまでの「大卒男子・大卒女子」なる表現が「総合職・一般職」と言い換えられたばかりなのですが、新卒の総合職1名、一般職1名が愚生の係に配属が決定いたしました。その時点での状況説明を正確にすると、それだけで相当な字数になるので簡単にまとめますと、それまで、営業三課総勢約十名というくくりの中、係に分かれていなかったところで、3つの「係」が新設され、2名増員・・・一係長、二係長がそれぞれもともと在籍していた課員を三名づつ部下として持ち、三係長の愚生には新卒2名の部下を与えるという、今考えればパワハラの極みのようなものでした。

5月の黄金週間が終り、愚生にとって人生初の「部下」2名が一カ月強の研修を終え、配属になりました。大卒の「総合職女子」と「一般職男子」が配属されました。当然、逆の構成を想像していたのですが・・・そして、女子は「お茶汲み・コピー取りは私の職分ではありません」とばかりに、配属早々からそこそこ言われた仕事をこなしておりましたが、一般職を希望した男子君--「転勤したくないから」「残業とか嫌だから」という理由だったそうですが--お茶汲み・コピー取りのみをやりたがりました。約2年後、このお茶汲み男子君は「会社がこんなに大変なところだとは思わなかった」と辞めていき、別の仕事に就きました。その翌年、バリバリ総合職女子は結婚し、「主婦になります」と幸せそうに辞めていきました。二人のその後がどうなったか・・・人望の無い「上司」には年賀状すら来ませんので想像もつきません。

さて、本日の題に「専業主婦が格上」と書いたのは、当時の発想・・・いわゆる「寿退社」というイメージがあり、20代後半にもなって嫁ぎ先も無いような女性は「負け犬」であり、本来は「玉の輿」に乗り専業主婦になったものが「勝ち組」であったというところからです。昨今では、その発想が逆転し、30前に結婚するような女性(男性もか?)は能力が低いといった見方をし、子育てをしているなどというと「大変ねぇ〜・・・ワタシにはムリだわ〜」なんぞと見下したように言うのが「勝ち組発言」であるという大いなる勘違いが横行しております。つまり、出産という女性にしかできない崇高な行為をマイナス要素と考え、子育てというこれまた何にも代えがたい行為を蔑む逆転現象がこの30年間で定着したようです。これは大変嘆かわしいことです。「働く女性」なるものを賞讃し、「子育てをする女性」を軽蔑するような風潮が今日の少子化の最大の要因であり、本来は逆であること、つまり、出産〜子育てこそが崇高な行為であり働くというのは下賤の行為であることを忘れてしまったからです。

「彼はその聖剣で闘いぬき、国を支配した。そして彼女はその微笑だけで彼を支配した。」といったフレーズは中世の欧州における物語に多々出てきます。労働=闘いは、戦闘要員である下賤のものに任せ、崇高な出産・育児とその微笑だけで愚かなオスどもを支配できる素敵な女性が絶滅危惧種となり、下品で下等な労働者になろうとする女性が増殖しているのですから、この風潮が全世界的に広まれば当然人類が滅亡の一途を辿ることになります。誤解されている方がおられるといけないので、もう一言加えておきますが、これは「働く女性」を蔑視しての記事ではありません。傾城の美女(外見・内面を兼ね備えていなければそうななりえない)が根絶されてしまった今の時代を嘆いているだけであります。

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