どうしても自殺したい方へ

自殺に関する報道は、何かと周りの人間に対する風当たりが強いと日々感じております。学校や職場でその管理に関るポジションにいる方が、何らかのサインに気がつかなかったという理由で、当事者の身内ならまだしも、メディアの方々や、全くご縁の無い方々が学校や職場の管理職を捉まえて、「オマエが死ね!」とばかりに畳み掛けている報道を目の当たりにしますが、果たしてこれは正しいのでしょうか。

そういう表現をすると、「オマエは身のまわりにそういう人間がいたことが無いから、そういう血も涙も無いことが言えるんだ」と言われそうですが、実は、親戚に老化と病苦で自殺した者がおりますし、兄のように慕っていた先輩も十年ほど前に自ら命を断ちました。もっと遡れば、自殺の数日前に電話を掛けてきて「先輩、元気ですか?」というので「元気だよ」と応えたところ、「元気なら良いです」と言って電話を切った後輩もいました。当然、何故そこで気がつかなかった!と自らを恥じ、悔やみましたが、これらの方々はどう足掻いても生き返るわけではありません。

つまり、自殺者というのは精神的に追い込まれておられるのでしょうが、残された人間にどれほどの後味の悪さを残しているか・・・そして、借金やら相続問題やらもそこについてくることが多々あります。残されたものは精神的な苦痛と特に家族であれば、金銭的な苦痛をも伴い、その後の長い人生を生きていくことを架せられるわけです。即ち、自殺とは、多くの人間に対する最も効果的な精神的、そして物理的攻撃であるわけです。そして、「自分」というものを「殺す」わけですから、「殺人者」でもあるわけです。

精神科医でない私がこのようなことを言っても仕方無いのですが、自殺をしたい方に申し上げたいのは、自殺は見事な「カミカゼトクベツコウゲキタイ」としての行為でありましょうが、残念なことに、その攻撃でダメージを受けるのはあなたが攻撃したい面々ではなく、より自分に近い人間であることに気がつくべきです。カミカゼとして飛び立った飛行機が、自陣の中枢に突っ込んでくる姿なんです。ですから、貴方が「最後の手段」として自殺をすると、ダメージを与えたい奴は更に喜び祝杯を上げる中、貴方を守れなかった身近な人が一生その負い目を背負うのです。これはまさに「無駄死に」以外のなにものでもありますまい。それでも自殺したいなら、もう止めません。勝手に死んでください。少なくとも、この先、私の周りで自殺する方がいたら、たとえどんなに辛くても苦しくても、その方の為に悲しむことはしないよう心がけますから。

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