昔ワルだったのが更生したとかいうウソツキ

昭和40年代の学園ドラマではヒーローは大抵成績が悪い運動部でした。先生という存在を否定しないまでも自分と同等或いは下に見ているかのような物言いをし、先生に反発し、ちょっとばかり悪の道に走るなどし、最終回近くには何故か先生と友達(あくまでも「恩師」などという扱いではなく)となり、クラスなり学園なりをまとめ上げてめでたしめでたしといったものでした。

何故かその風潮がエスカレートしていくのでしょうか。やがてそのヒーローの不良の度合いが高くなったり今度は先生が不良であったりという変遷を繰り返し、やがては陰湿なイジメまでがテーマになる時代がやって来たそうですが、基本形は変わっていないのだろうと思います。即ち、不良でも更生すれば立派な人間になるというテーマをバックボーンに置いているというところです・・・が、実際の世の中でそれが通用するのでしょうか?

一昔前は某予備校でヤクザまがいの格好をした「金ピカ先生」なんぞというのがいましたが、まあ彼の場合はそのタレント性を利用していただけですし、予備校と言うのはあくまでも企業体ですからそれなりに許容範囲であります。しかし、最近では行政にまでそういう人が存在するそうで、なんだか納得できない世の中になりました。

仮に過去においてワルであったのならそれなりに世間に迷惑をかけてきたであろうに、その禊は済んだのでしょうか。本人が「済んだ」と勘違いしている、或いはメディアがそうもてはやすだけで、きっと「一生許さない」と思っておられる方が存在しているはずです。そこまで恨んでいる人がいないのなら所詮は程度の低いツッパリで、たいしたワルではなかったはずです。結局世の中の人は今流行している「ちょいワル」に対する憧れがあるのでそのタレント性だけで善しとしてしまうのでしょうが、よりによって行政にまでねぇ・・・というのが街の片隅でごく少数の若者に「オレも昔は悪かったが」という前置き付で人の道など説いている私から見えるその「つっぱり先生」とやらの姿です。単に「売れた人」に対する「売れない人」のやっかみでしかないのでしょうが・・・