便所の落書き

インターネットが普及し、猫も杓子もBLOGでござい・・・と自らの馬鹿を曝け出している時代になりました。所詮は私もその馬鹿のひとりであり、ごく限られた、多分、人間的には偏りのあるであろう支持者の方々を除いては「一度見たら二度と見ない」というレベルの文書を書きなぐっているわけであります。ただ、私は「今日はカレーライスを食べた」というレベルの文面は少なくとも書いていないと自負しておりますが・・・

自分の生活を曝け出して何が嬉しいのかというと、要するにトモダチがいないからせめてネットの上で擬似的なトモダチを作りたいということなのでしょう。尤も、20世紀末にBLOGとは別物ではありますが、強いていうなら前身とでもいうべき同好の仲間の掲示板から発展し、オフ会を経て結婚に至るカップルがいて、そのカップルに「仲人」を頼まれたこともありますし、事実その夫婦は既に結婚10年近くなりますが幸せな家庭を築いておられますからネットでできた友達が悪いとばかりは言えないでしょう。

ただ、当初使われていた「それなりに正しい日本語の文法」というものは今のネット社会では不要になったとみえ、紋切り型というか、それ以上に「つまらない」と感じてしまう単語だけの羅列が目立ちます。これこそがコミュニケーション能力の低下に繋がっているのでしょう。もともと語彙数が不足している連中が表現力まで低下していくのですから、殺伐とした世の中になっていってしまうのも仕方ありますまい。

ネット掲示板の書き込みは所詮は便所の落書きだ」と常々言っていたら、同じ表現を使う人も多くおられたようです。便所の落書きはその殆どが無駄なものや他人を傷つけるものですが、30年前に見た未だに記憶に残るものがあります。「落ちて行く奈落の底に咲く花を愛でて楽しむ極楽の鬼」というものです。解釈は多々あれど、この落書きは実は半ば私の座右の銘のひとつ*1ではなかろうかと感じております。

*1:私には座右の銘が100以上あると自負しておりますが