国の代表

留学生団体である財団法人エイ・エフ・エス日本協会のボランティア役員をやっているといろいろな事態に出くわします。留学生というとなにやらエリートであり、なんでもできそうに見えますが、所詮は15歳〜18歳の高校生、街中のそこここに見かける醜い大根足を露出し学業より快楽が重要である人種とさしたる差はありません。ところが留学生であるというだけで、世間は国家の代表であるかのような取り違えをして、不必要に責任を被せたがります。

私が日本から派遣される生徒に対して耳にタコができるほど言っているのが「君達は『日本代表』では無い。派遣されたコミュニティにおいては君たちが『日本』なんだ。『代表』程度の生易しいものではないことを自覚せよ」ということです。オリエンテーションや家庭訪問の際にそういう表現をすると、周りにの人々、特に派遣生の親などは「なんと大袈裟な・・・」といった目で見ますが、事実ですから仕方ありません。帰国生はほとんどがこの言葉の重さを理解します。

これが留学生という立場を経験した者が一度は感じたはずの「異文化」の最たるものであるというのが私の認識です。留学経験が無くとも、周りに留学生がいた経験のある人なら一度は考えたであろうことで、気がつかずにいたことがあるはずです。もし、自分の通学する高等学校にA国の留学生が来て、その態度たるやどうにもならないほどひどかった、そして、結果彼は強制帰国させられたとすれば、そして、その生徒が自分の知る唯一のA国人であったなら、心のどこかで「A国の人間は『すべて』酷いものだ」という先入観を持ちつづけるでしょう。あくまでも先入観ですが、人間とはそのような先入観の集合体で物事を判断しているはずです。

留学経験というのは実はマクロのものではなくミクロのものであり、B国C市内のごく限られたコミュニティに行き、D高校という高校に行ったというだけのもので、それだけでB国全てを知った訳ではありません。世間では、特にもっと酷い例で言えば、たかだか数日間どこかの国に観光客として滞在しただけのジジィ、ババァ、ねぇちゃん、にぃちゃん達が「○○って国はこんなだ」と全てを悟ったように語っているということに、実は多くの人が気付いていません。逆説的に言えば、その数日間観光客として行った人達が実は「日本代表」であり、「旅の恥は掻き捨て」なんぞと言いつつくだらないことをしてきたのが全て我が国の品格そのものを汚してきたということを反省すべきではないでしょうか。