恵方巻とやら

季節に合わせた催事は商人にとってみれば当然のことです。30年前に年がら年中酒が呑めるような歌がありました。毎月それぞれに酒を呑む理由があるという内容ですが、酒呑みにとってみれば理由など何でも良いが言い訳としては最高であろうという心理を突いたものでしょう。つまりは、商人にとってみれば、季節催事に理由は要らず、何でも良いからセールの対象になればよいわけです。当然、それが消費の増大に繋がり、還流されて社会が潤うのですから全面否定はできません。

戦後から私の少年時代である昭和40年頃までには存在しなかった祭事が今では毎日のように行なわれています。ちなみに、1月31日は「愛妻の日」だそうで、月の「1」を英語の"I"として、31日を「サイ」と読ませてのことだそうです。そして、数日後には節分がやってきて、そのまた10日程度後にはバレンタインデーとやらがやってきます。この中で、戦前から我が国の人間が知っていたのは節分のみであり、私など、その「愛妻の日」というのは今年初めて知りましたし、バレンタインデーなんざぁ社会人となった昭和50年代までほとんどご縁がありませんでした。

ということで、他の商業ベースによる社会催事はそれで善しとしたところで、ここ数年大変に気になるのが恵方巻とやらいう妙な習慣です。実際に江戸時代末期から我が国のごく一部の地域に存在していた習慣であることは間違い無さそうですが、何故に今や全国区となってしまったのでしょう。「やはり関西の人は商売上手なんだろうな」という言葉で片付けてしまうのも良いでしょうし私の主義である「日本人なら米を喰え」を実践しているのだから否定する理由はどこにもありません。

ただ、私の考えでは、節分は豆まきをするものであり、恵方巻というのはあくまでもオプションでありまして、それを義務付けられるのはヘソマガリの真骨頂として受け容れないことにしております。昨年、我が子等は小学校でその恵方巻なるものを食していなかったが為、ちょっとばかり仲間はずれになったそうですが、頑固親爺としては、今年もあくまでも受け容れない方針であります。そもそも、ここは埼玉県。そんな風習は昔からやってきたものではなく、ここ数年の単なる流行でしかないのですから。この土地の代々続く習慣を守ってこそ、この土地に生きる人間であり、「皆がやるから俺もやる」的な、ましてや、箱根の関より向こうの習慣を真似るような浮き草のような生き方をしたくはありませんから。もしかして、一番不幸なのはそんな親爺がいる我が子等なのだろうかと思いつつもこの信念は曲げません。