レトリックによる騙しのテクニック

ジェネラリストの達人を自称する私は、それなりに幅広い人脈を持っています。とある先輩に「オマエは現場の人間とばかりつきあっている」と言われておりますが、それこそが私の望む人脈であり、単に企業のトップとだけ付き合っていると本当の工数、納期、問題点等が見えないので、取引先へ行っても常に現場を見ること、そして現場の人と話すことに主眼を置いております。

と、私の仕事上の「簡単な極秘ノウハウ」はさておき、知人が多いという事はその代償も大きく、時々楽しいマルチ商法のお話が舞い込んできます。この説明会に参加するのが実は私の趣味でして、講師やら経験談やらの中にレトリックの素晴らしさを発見し、そのテクニックを研究するのが楽しくてしかたありません。何しろ、大抵の場合、世の中の為に良いことだけをしながら自分が大金持ちになれるという素晴らしいシステムなんですからそれを受け入れないのは人間として恥ずかしいことですし、また、自分の人生を無駄にしていることになるという説法がその根幹を流れているわけですから、その組織が大きくなるためにはそれなりの人数を騙し搾取しなくてはならないわけです。

言葉は使い方ひとつでいろいろな意味を含んでくるわけです。先般、学校の教員が自分の教え子に対する婦女暴行事件を起こした際、とある中学校教員に対して私が言ったのは「先生にこの教員を責めることはできないね。何しろ、先生は毎日女子中学生を床に組み敷いてのしかかり、股の間に手を入れたりしてるじゃあないか。」・・・と。私の知人にはそんな破廉恥な教員がいたのです。しかも彼は一人の生徒だけではなく、毎日何人もの女子生徒に対して件の行為に及んでいるのです。如何でしょうか?こんな中学教員を野放しにしておいて良いのでしょうか?・・・

どういうオチがあるの?と斜に構えて読んでいればすぐに理解できるレトリックでありまして、実はこの私の知っている中学校教員は柔道部の顧問です。当然、柔道の指導をしていく上で、当然の行為として寝技の指導もするわけで、その中には前述のような動作が伴うわけです。その一部分だけにスポットライトを当て、表現すれば、あたかもこの教員が許し難いエロ教員のように聴こえてくるわけで、レトリックの名人はそういうテクニックを駆使し私達を騙そうとしているのです。この一例だけなら見破ることは簡単かも知れませんが、マルチ商法の大先生はこの手の表現を話の中に織り込みつつ、上手に人々を騙して自分だけが儲かることに日々邁進していることを忘れてはなりません。